Sausage Factory
嘘偽りのない話
へし切長谷部は嘘の吐けない男だ。隠し事は(なかなか巧く)する奴だが、一度口を開けば決して嘘は吐かない。
俺がそれを知ったのは、長谷部に出逢ってから暫く後のことだった。
*
執務が少し長引いた日、俺は夕食後も長谷部と共に部屋で仕事を続けていた。部屋には端末を操作する音と紙を捲る音、それにペンが紙の上を走る音だけが響き、俺も長谷部も無言だった。
だから遠征の振り分けを終えてその日の執務が全て片付いた時、凝り固まった空気を壊すように放たれた「あー終わったー」という俺の言葉に長谷部が少しだけ身体を強張らせたのもごく自然なことだと思ったのだ。
「お疲れ」
「あ、主、お疲れ様です……」
長谷部は俺の顔をちらりと見てすぐに目を逸らし、書類や筆記具をそそくさと片付けていた。少しお茶にでも付き合ってもらおうかなんて考えていたが、この様子からすると疲れているか何か用事があるのかもしれないと思い直し、
「遅くまでありがとな、じゃあまた明日」
と言うと長谷部は、
「あ、あの、」
と吃り始めた。
普段歯切れの良い彼にしては珍しいことだった。いつだって淀みなく俺の言葉に返事をする、良く言えばそつのない、悪く言えば可愛気のない男だと勝手な印象を抱いていたのだ。
その男が、生娘のように頬を染ませ、更には何故か目尻を湿らせまでして何かを言おうとしている。「ん」とだけ言って続きを促すと、長谷部は胸に手を当て、何度か深呼吸をしてから漸く口を開いた。
「あの、主、す、好き……あ、いえ、お慕い、して……」
「好き? 何が」
「え、あ、主を……」
「ん?」
俺は思わず目を瞬かせ、たった今長谷部が必死に告げたその言葉の意味を反芻した。長谷部が、俺を、好いている、らしい。普段の瀟洒な様子が姿をくらませてしまう程に。
面映ゆそうに顔を伏せ、長谷部は俺の返答を待っているようだった。だから俺は短く言った。
「俺もだよ」
目の前に居るのが、長谷部だというただそれだけの理由で。
*
その夜、長谷部は早速俺の私室へやって来た。寝巻きとして使っているらしい深草色の着物を着流し、整った顔を伏せている。
俺がへし切長谷部を手にし、顕現させ人の形を与えたその日から、長谷部はどこまでも律儀に忠臣であろうとしていた。
頼んだことは決して断らずきっちりこなし、そして俺が命じた以外のことは決して手を出そうとしなかった。公私の線引きが融通などという言葉の入り込む隙もない程にきっぱりしていて、俺にはそれが心地よかったので彼を近侍に据えていた。
笑えと言えば全く綺麗な愛想笑いを浮かべ、泣けと言えばその時の心情など関係なく俺の為に双眸から涙を零し、俺が誰かを斬り捨ててこいと言えばすぐさまカソックを翻して部屋を飛び出していくのが長谷部だった。
執務中は無論のことその合間の休憩中ですら、長谷部は無駄話一つしない。俺が話を振れば、澄ました顔のままで二言三言正しい言葉を返す。信長の愚痴を口にする時ですら、長谷部はいつもと同じ、何の感情も込められていない顔をして唇を開いた。
だからこそ、今日長谷部が俺に向かって「好きです」と言ったことが俺には一瞬意外なことだった。
その裏にどんな事情があるのか知らないが、しかし特に興味はなかった。長谷部には初めから何か一貫した目的があり、今までの振舞いも今日の告白もそれに沿ったものでしかないだろうと思ったし、それならそれで都合も良かった。
長谷部が隠し事をしていようが嘘を吐いていようが、俺には全くもってどうでもいいことだった。
何も言わず立ち上がって寝室に向かうと、長谷部もへし切を手に慌てて後を追ってきた。凡そ閨には似つかわしくないその刀には、寝所の警護という建前が与えられている。垂れ下がった紅の下緒を視界の端に、俺は無言で布団を指し示した。衣摺れの音を聞きながら、俺は襖をぴったり閉じた。後ろで喉が鳴る。
振り返り、一段闇の濃くなった部屋で俺は長谷部を押し倒した。着衣の前をさっさとはだけると、陶器のような肌が淡く光を滲ませる。温度も瑕もない真っ白なそれは作り物のようで、俺は少しだけ眉を顰めた。
「……」
長谷部も口を開くことなく、顔を赤くして横を向いている。俺は長谷部のことを良く知らないが、長谷部も俺のことなどほとんど知らない筈だった。
彼が人間の色恋だの性欲だのを何処まで理解しているかなど知る由もなかったが、自分自身にも俺にも嘘を吐き本心を押し隠しながら股を開くのはどんな気持ちなんだろうかと思った。知りたいとは思わなかったが。
「長谷部」
呼びかけると、長谷部は目を伏せつつも俺に顔を向けた。半ば閉じられた藤色の瞳は僅かに融けている。欲と嘘に濡れ融けた色だ。
「何でもないよ」
俺は嗤うとへし切を取り、そのまま抜刀して長谷部の腹を刺した。白い脇腹へ、ずぶりと刃が沈む。ぷつ、ぷつと赤黒い血の玉が浮いてきて、漸く綺麗な色が見えたと思った。
突然腹に刺さった自身の刃を長谷部は目を見開いてまじまじと眺めるばかりで、俺が手を引くままに裂けていく腹を見てやっと我に返ったようだった。
「主……?」
「うん」
腹を開くのに忙しく、俺は生返事をしてへし切を置いた。じわじわと血が滲む傷口に手を突っ込むと、みっちり詰まった小腸に手が触れる。だがそのまま引っ張っても腸は出てこないので、仕方なく一旦手を抜いた。
血と黄色っぽい液体に塗れた指を舐めると酷くべたべたする上に生臭い。もう少し甘いものだと思っていたが、まあこんなものかと首を捻る俺に、長谷部はどこか足りない言葉を掛け続けている。目を遣ると、肩を強張らせて後ずさるように身動ぎした。仕方ないので笑いかけて、
「何」
と言った。
「あの、なんで、なにを」
声は掛けたが、別に長谷部を安心させようとか優しくしようとかそういう意図があった訳ではないので特に返事はしなかった。再びへし切を持ち、切り裂いたばかりの腹の中を何度か突き刺す。泥濘んだ音が響き、その度長谷部は身体を跳ねさせて悲鳴を上げた。飛び散った血が着物を濡らす。
腸を繋ぎ止める脂肪が適当に切り刻まれ、俺は漸く小腸を引き摺り出すことができた。片手で薄桃色の腸を持ち、もう一方の手でベルトを外しジッパーを下ろしていると長谷部が啜り泣き始めた。面倒だな、とだけ思う。長谷部の嘘に付き合ってやっているんだから少しぐらい俺にも楽しむ権利はある筈だと思っていたが、それを言うと一層泣き喚きそうだったので黙っていた。
取り出した陰茎に長谷部の小腸を絡ませると、その温かさと粘度に一瞬で引き摺り込まれそうになった。竿を伝って血の滴が落ちていく。服が幾ら汚れようとも構わなかったが、長谷部の痛い痛いと喚く声には辟易した。
馬乗りになったままずりずりと膝行し、長谷部の腹に跨るように腰を下ろすと潰された蛙みたいな声を出したのでいよいよ厭気が差した。
「あー、長谷部、ちょっと五月蝿いから口押さえてろ」
血の気の失われた顔で長谷部はこくこくと頷いて、変に筋の浮いた両手で口を覆った。それを見届けて、俺は長谷部の腹へ陰茎を挿す。其処彼処から流れ出していた体液が溜まっていた御蔭で摩擦の痛みは全く感じなかった。
腰を動かす度に絡み合った腸がぬるぬると複雑な動きで纏わり付いて、俺はあっという間に達してしまった。
「……あー」
荒くなりかけた呼吸を整え、余韻に十分浸った後で陰茎を抜いた。先程腹に挿した指のように緋と黄の液体で濡れたそれからは白い精液が滴って、長谷部の身体に飛び散っていた血と混ざり合った。音もなく互いを侵し合い、次第に斑になっていく。ピンク色にはならないのが面白いな、と思った。
折角の機会だったので俺は長谷部の中から次々に腸を引っ張り出し、邪魔な筋肉はざくざく切り離して腎臓や膀胱なんかも見えるようにした。
煮豆みたいに照っている腎臓は指でつつくと中身がしっかり詰まっている感触がした。これを犯すのはそれほど楽しそうではないなと思い、その下に目を遣る。膀胱にはほとんど尿は溜まっていないようで、摘んで引っ張ると良く伸び縮みした。これは使えそうだった。その下の前立腺は栗みたいに固く、その上小さい。これはどうでもいいな、と切り取って部屋の隅に放った。
俺は長谷部の下腹部をぐちゃぐちゃと弄り続けたが、やはり望むものはそこにはなく、そこまで期待していなかったとはいえ落胆した。
血塗れになった手をシーツで拭き、一緒にくっついていた脂肪や肉の欠片も拭き取りながら俺は長谷部の顔を見た。
相変わらず律儀に両手を口に当てたまま、長谷部はぐすぐすと泣き続けている。元々顔は整っているのだし、こうして見るとなかなか可愛いかもしれない。そう気まぐれに思いながら、俺は長谷部に言った。
「子宮はないんだな」
「……?」
眉を下げ、何が何だか分からない、という表情をするので俺はもう一度丁寧に言い直した。
「長谷部、子宮は入ってないのな。神様ならあると思ったんだけど」
数度しゃくり上げ、目元を擦ると長谷部は言った。
「……俺、は、男です、から……すみま、せん」
「じゃあ妊娠はできないんだな」
ふうん、と溜息を吐くと長谷部は縮こまった。そもそも彼には全く落ち度はないのだし、そこまで怯える必要もないというのに。
きっかけを作ったのは長谷部だったがそれに付き合うことを決めたのは俺だったので、箪笥から洗濯してある着物を取り出して長谷部に掛けてやった。一段落ち窪んだ腹のところからすぐに体液が滲み始め、俺はうんざりした表情を適当に取り繕って、
「手入れするか」
と言った。
長谷部はたった今掛けられた着物の裾を恐々と掴み、蚊の鳴くような声で、
「はい」
と返した。
*
特に何も言わないでおいたら、長谷部は三日毎に俺の部屋を訪れるようになった。
命じている訳でもないのに身体を綺麗にした後でいつも同じような着物を着てきて、俺が何をしようと口答えの一つもせずに耐え続けている。考えを改める気もないようだったので、俺は自分の好きなように長谷部を使っていた。つまり、好意を向けたとしても此方に重たくて面倒な感情を負わせることなく、ただ淡々と事務的に接し接される相手として、長谷部は理想的だった。
脳を犯した時も、長谷部は何も言わなかった。
へし切で叩き割るようにして頭蓋骨に穴を開けた後、漿液が溢れ出してくる其処を塞ぐように陰茎を捻じ込むと、長谷部の脚が大仰に跳ねた。豆腐のように柔らかい脳をぐずぐずと崩しながら抽挿を繰り返すと、長谷部は獣じみた声を上げ、口から泡を噴き、手足をばたつかせた。破壊され尽くしていくニューロンの最後の発火が、長谷部の四肢を不随意に動かしているようだった。
壊れた脳の欠片と滲み出た脂が陰茎を包み、そして床に落ちていくのは嘗て味わったことのない快感だったが、何せばたばたと暴れる長谷部の手脚が当たって痛い。長谷部が死んでしまう前に手入れをし、その後で自分の身体を見てみたらあちこちに痣が出来ていた。今度やる時は縛ってからにしよう、とだけ思った。
以前から一度やってみたいと思っていたので眼窩も犯したが、狭い上に硬いだけだったのでそれきりやっていない。奥に叩きつける度、中へ押し込まれ潰れた眼球が醜い音を立てた。鉱物の結晶のように透き通っていた藤色の眼も、こうなってしまえば路傍の薄汚れた石も同然だった。
残っている方の眼を掌で覆って「何が見える?」と尋ねると、長谷部は震える声で「何も見えません」と言ってきた。その答えに俺はまた気まぐれを起こし、長谷部を盲いだままにしておきながらのんびり言った。
「こうやって眼が見えなくなって耳も聞こえなくなって腕と脚もなくなって、脳も壊されたら長谷部はどうすんの」
「どう、とは……」
掠れた声でそう呟いた後、長谷部は更に小さい声で、
「それでは主命を果たせなくなります」
と言った。
「長谷部、そんなになっても俺のことばっか考えてんのか」
俺は笑ったが、長谷部は無言だった。
長谷部がどんな言葉を欲していたかなど知らないし、やはり別に知る必要もないと思っていた。ただ何となく気が抜けて、射精はしないままに眼窩から陰茎を抜いた。
俺は始終そんな態度を取っていたので、長谷部との会話の内容も大して変わりはなかった。昼は今まで通り主とその近侍を果たし、夜は最低限の言葉と気まぐれを交わす。
他人が嘘を吐いていることはどうでもいいが、嘘を吐いている張本人に真面目に向き合うのは馬鹿らしい。主だの主命だの偽りの、児戯に等しいものだと俺は信じていた。
長谷部は俺を見ていない。好きだと言ったのも俺だからではない。俺の向こうに誰かを見て、在り得もしない〝主〟と〝忠臣〟をやり直したいだけなのだと分かっていた。だからこそ、一方的で理不尽な陵辱に耐えているんだろう。
一通りしてみたかったことを長谷部の身体でやって、まだまだやってみたいことは尽きなかったが、そろそろ一旦普通に交わっておこうかと思った。それでその日の夜は四つ這いの体勢にさせた長谷部の会陰をへし切で貫いて穴を開けた後、膀胱を子宮に見立てて穿っていた。
突き破られまいと頑張っている袋を容赦なく突き立て、くぐもった声を上げる長谷部に何も告げることなく射精する。そんなことを数度繰り返し、流石に息が切れかけてきたので長谷部の腰を掴んでいた手を離すと、支えを失った所為か長谷部はそのまま枕に頭を埋めた。
髪を掻き上げ、胡座をかいて頬杖で観察していると、長谷部はゆるゆると両腕を枕に回し、きつく抱き締めるようにして動きを止めた。刀剣男士の割に細めな肩は小刻みに震えている。また泣いているらしかった。
部屋の外では虫が鳴いていた。秋が近付いている所為か忍び込む夜気は時折肌寒いぐらいで、夜闇も冷たい色を多く含むようになった気がする。俺は服を着たままなので何とかなっているが長谷部は裸のままだ。寒くないのだろうか。
普通の事後らしくしておくかと思い、床に散らばっていた長谷部の着物を投げ掛けてやると動きが止まった。青白い手がゆっくりと姿を見せて着物を掴む様は亡霊のようで、それでも俺は何も言わなかった。だが、長谷部は枕の中で何事かをぶつぶつと呟いていた。顔は埋まったままなので全く聞こえない。
かろうじていつもの「主」という単語が聞き取れ、俺は「何」と返した。ほぼ反射のような返事だったが、長谷部はこれまたゆっくりと顔を上げ、まっすぐ壁の方を見つめたままで言った。
「主」
「はあ、何」
「辛いです」
ぼたぼたと涙を零し、長谷部はそう言った。
見れば、顔も身体もぼろぼろだった。
「諦めなよ」
と一言告げると、長谷部は呆気にとられた顔をした。俺は彼の方を見ていやしないのに、長谷部は俺の顔からじっと目を離さない。睥睨し、俺は続けた。
「俺じゃ長谷部の前の主の代わりにはならないよ」
「ち、違います……! 俺は……」
「好きだってのも嘘だろ、無理するなって」
最大限の優しさで言ったつもりだったのに、長谷部は悲痛な表情をして口を噤んだ。
「そういうのがしたいなら他の誰かに頼めよ、光忠とか、あー……」
他に付き合ってやりそうな誰かが思い付かず、俺は続きを諦めた。すると長谷部が口を開く。
「主が仰ったことも、嘘ですか……」
「どれ?」
「……俺もだよ、と……」
長谷部を好きだと言ったことだった。嘘ではない。そもそも好きじゃない相手を寝室にまで踏み込ませる理由がないだろうに。
「ああ、あれ。俺のは嘘じゃないけど」
「……俺も、嘘じゃありません」
「それが本当だとしてまだ俺のこと好きなの? 何で?」
「主は俺を見ていてくださったからです」
あまりにきっぱりと言い切るので、俺は思わず面食らった。別に見てなどいない。長谷部の中身なら散々見たが。
しかし、おそらく長谷部が言っていることではそういう意味ではなかった。俺は自分で思っていた以上に長谷部のことを見ていたし、考えていた。俺に向ける態度がどういう意味を持っていて、長谷部が何を望んでいるのかをずっと考えていたことに不本意ながら気付かされていた。俺は込み上げる羞恥心を押し殺そうと言葉を捻り出した。
「……何でそう思うんだよ、しかも俺のことそんなに見てたってことか」
「見てました、主のことが好きだからです」
「……好きだからってだけで我慢してたのか」
「はい」
「……じゃあ何で泣いたんだよ」
「主が俺に優しくしてくださったからです」
「あれが?」
「はい、お慕いしていますから」
つまり、つまり長谷部は初めからずっと俺のことが好きで、嘘なんて吐いていなかったらしい。
「…………」
黙り込む俺に、長谷部はふと微笑んだ。涙の痕が痛々しいと感じたのはこの時が初めてだった。
「本当はずっと辛かったんです、俺は手入れすれば治りますが、それでも痛みはありますし――」
「じゃあ諦めろって」
「それはできません。俺は嘘は吐けません」
「……」
「それとも、主の御迷惑になりますか」
「あーもういい、ならないよ。ならないから黙ってろ」
長谷部なら、嘘を吐くのであれば辛いなんて言わずにその感情すら押し殺し続けるだろう。もう俺にはそう分かっていた。俺はそっぽを向いたが、いつまでも視線を感じるのでちらと盗み見ると長谷部は嬉しそうに笑って此方を眺め続けている。
「何だよ」
「主が俺とたくさん話してくださるのは珍しいので」
「……」
「俺に笑ってくださるのも嬉しいです」
屈託なく笑う長谷部につい緩みかけた頬すら見逃さなかったらしい。手を振って背を向ける俺に、長谷部はそっと寄って来て「好きです、主」とまた言った。
それでも俺はもう少しだけ、自分の気持ちに嘘を吐いておくことにした。