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求めているのは何か / 短篇集9

  • 執筆者の写真: Chisato Mitobe
    Chisato Mitobe
  • 2017年3月12日
  • 読了時間: 1分

Textを更新しました。

結局のところ審神者が長谷部君に対して求めているものは何なのか、と考えることがあります。

それは即ち、長谷部君に審神者がどういう人間に見えているかということにもなりますが。

基本的に積極的な「こうしてほしい」ということを口にはしていません。

夜、部屋へ来れば後は何もしなくて良いし、来たくなければそれで良い。

顔色を窺うのではなく自分の希望を優先しなさいとも繰り返し言い聞かせていたり。

思うに、主としての権威を-要するに主命として振りかざしてしまえば、まず断られることはないと思うのです。

​それをわざわざ自由意志に任せているというのは、表面だけの従順を得たいというよりも寧ろ、心が離れていくことを恐れている……?

ところで、刀剣男士は人間の感情を(顕現時に十分備わっているとは言えないそれを)人間である主から学ぶのではなかろうかとふと思いました。

長谷部君は自分の主である審神者から感情を学び取った訳で、言うなればそれは鏡写しにも近く。

心が欲しいなどというのは、幾分詩的に過ぎるようにも感じます。

けれどもその心が本当は誰のものなのかを考えてみると、おそらく単純な「離れないでほしい」というのとは違うような気がしています。

 
 
 

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