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短篇集10

 嫌な色の液体が滲み出している包帯を解き、纏めてゴミ袋に入れた。新しい一巻きを取り出してぐるぐると巻き付けていると、上から声が降った。
「主」
「ん?」
 視線は遣らずに返事をする。包帯の下では生々しい色をした肉の塊が中途半端に形成されている。
「捨て置いて、くださいませんか」
「またそれか、何度目だい」
 聞き入れず、左脚の包帯を巻き終わり右へと移る。長谷部は尚も主、と呼んでくる。
「棄てられないのであれば、殺してください」
「そういう冗談は好きじゃないよ」
「冗談では、……」
 両脚を巻き終わり、忘れずに金具も留めた。両手を脇の下に差し入れて抱え上げるようにして長谷部を運んでやり、慎重に座らせてからクッションの位置を調節してやる。ふらついたり転んだりしないように。
 自分が望んだこの結果を面倒だとか、まして不快だと思う筈もない。長谷部が今此処でこうしているのは他ならぬ私が望んだことだと言うのに。
「殺してもくださらないのであれば、せめて、死ねと命じてくださいませんか」
「まさか」
 引き攣れたような笑みが零れた。
「どうして愛する君に死ねなどと言える? いいかい、君が死ぬのは私が殺す時だけだ。そして万に一つ、君に興味が失くなったのだとしても私がそれを命じることなどないよ。愛してもいない誰かの生死などどうでもいいからね」
 だから君は死ねない、と言い聞かせると長谷部は漸く納得したようだった。それ以上は何も言ってこず、クッションの一つに手を伸ばし、少し大きめのそれをきつく抱き締めるようにして顔を埋めた。
「包帯も取り替えたし、食事にしようか。食べられそうなものを用意してくるよ」
 長谷部が小さく頷いたので、私はそれで十分だった。返事をしなかったり食事に手を付けることを拒んだりされて無理矢理に言い聞かせるのは私とて本意ではない。傷付けたい訳ではないのだから。
 それにしても、と廊下を歩きながら考える。いつか、許可などなくても自死くらい幾らでもできるのだと気付いてしまわないとも限らない。長谷部の性格的にそれは考えにくいが、万一ということもないではない。
 少し予定が早まる程度のことだ。近いうちに腕も済ませてしまっても良いかもしれない。
 厨房で用意してきた小さめの握り飯を長谷部は嗚咽しながら完食し、私は可愛い近侍のそんな様子を隣でずっと眺めていた。

 次の日の朝、日課となった包帯の交換をしている最中、長谷部は話しかけてこなかった。ただ憂色をいつもより濃くして、私でない何処かをじっと見つめている。
「長谷部君」
 呼びかけると些か過敏に過ぎるような反応を見せる。何もしていないのに、と笑うと謝ってきた。
「何か他のことは思い付いたかい」
 浸み出している液体は少し減ったようだった。良かった、と胸中で安堵する。もう一度最初からやり直すのは骨が折れる。
「他のこと……?」
「君は死にたいのに死ねなくなった訳だろう、それなら他に何かしたいことが必要じゃないか」
「死にたい訳では……いえ、したいこと、ですか」
「そう。いや、してほしいこと、かな」
 一日中私の隣で座って話し相手になっているだけというのも長谷部には退屈だろう。日常に倦めば棄ててほしいだの殺してほしいだの思い付くようになってしまう。何か他の、もっと健康的な目的が必要だ。
「……ですが、そう仰いましても、俺が何かを望むというのは……」
「どうして? 君をそうした張本人が言っているのに?」
 包帯を巻いていた手に思わず力が入ってしまったらしく、長谷部はひっと小さく悲鳴を上げた。私は慌てて手を離し、脚をさすってやる。
「悪い、つい……痛かったね」
「い、いえ……主、それで、先の話なのですが」
「うん、何か思い付いた?」
「俺……俺は、主が居てくだされば他に何も望むべくもありませんが……一つ挙げるなら、本が読みたいです」
「本? それくらい構わないとも。読み終わったらまた別のを持ってきてあげようね……何が読みたい?」
「俺は詳しくないので、主が選んでくださいませんか」
「ああ、構わないよ」
 書庫の本は確かほとんど読んでしまったと言っていたので、私は朝食後すぐに町へ出て行ってあれこれと十冊ほど購入してきた。但し恋愛や自殺を書いているようなのは除いた。余計な気を起こされては私も参ってしまう。
 本丸に帰って本を手渡してからこっち、長谷部は黙々と読み耽っている。昼食や夕食は私も部屋で摂るので一緒に食べさせたが、それ以外の時間はずっと本を読み続けている。声を掛けるのが憚られて私も執務に集中していたが、辺りが暮れて藍色に沈み始めると少し淋しくなった。
「長谷部君」
「はい」
 栞を挟んで本を閉じ、長谷部は此方を見てくれた。それに笑顔まで浮かべている。何とも嬉しくなった。
「本は面白い?」
「はい」
「良かったね」
「はい」
 それからというものの長谷部は四六時中読書に耽るようになり、話ができないのは少しだけ淋しかったが、笑顔を見せることが増えたので良かったと思うことにした。好きな人には笑っていてほしい、当然のことだろう。

 増え続ける本を置いておく場所がなくなり部屋に書棚を取り付け、それは壁の一面、二面……と増えていき、今や部屋中に本が溢れかえっていた。そんな棚の一つに長谷部が投げた本が当たる。ばさばさと数冊が落ちる音がした。
「何だって?」
「もう、嫌です」
「何が?」
「此処で生きているのが」
 それは駄目だと言い聞かせた筈なのに、長谷部は俯いて私の方を見ようとしない。
「本に飽きたなら他のことを望めば良い。君が望むものなら何でも――」
「それなら」
 厭な予感が胸を過ぎる。――ああ、厭だ。
「それなら、俺を死なせてください。これ以上主に負担を掛けるのは嫌です、主の為に働けないのは嫌です。このままでは、俺は俺でなくなってしまう」
「居てくれるだけで良いと言った筈だよ」
「あと何年ですか? もう何年こんなことを続けているんですか、俺はいつまで――」
「今日で三年と八十五日だね」
「……」
 もう三年も経っていたのか、早いものだ。本丸の生活は何の代わり映えもないし、四季は適当に弄って現世に合わせているだけだから気付かなかった。
「あと何年か、だって? 政府が敗けるか勝って私が此処を出るか私が死ぬか……いつになるんだろうね」
「……」
「何故君を手放さなきゃいけない? 三年前、漸く君を手に入れて繋ぎ止めておいたのに。君が良い子になってくれたと思ったから、腕は残しておいてあげたのに。やはり君も駄目なのか」
 誰も彼も、結局はこの状況に耐えられないと言って逃げ出そうとし、私はその度に仕方なく殺すしかなかった。そうすれば此処から解放されると、長谷部の間で情報共有でもされているのだろうか。判で押したように、皆同じ末路を辿るのだ。
「単に解放されたいのではなく、死んだ方がマシだと思っているような誰かを縛り続けるほど、私も無情な人間じゃない」
 手に取ったへし切はいつもより重いような気がした。
「……君は少しだけ、違うような気がしていたけれど、気の所為だったか」
「俺にも感情はありますからね」
 部屋中の本に血が散って、赤い斑点で埋め尽くされた。音が消える。耳鳴りが響き始める。
「――やはり君は違った」
 今までのどの長谷部も、私への謝罪を口にしながら死んだのに。

「――そういう訳だから、途中で逃げ出そうとしたり死なせてくれと言ってくるようなら、最初から君を選ぶのは止めるのだけど」
 何度同じ文句を繰り返しただろう。初めは皆威勢が良く、俺は他の長谷部とは違いますと胸を張るのだ。そうして時が過ぎれば皆忠告した通りの結末を迎え、私は自分の手で彼等を処理しなければならなかった。これこそが罪業だとでも言うのだろうか。
 ほとほと疲弊した私の前で、長谷部は何事かを考えているようだった。
「主」
「うん」
「俺の自惚れかもしれませんが、その長谷部が考えていたことが、俺には少し分かる気がします」
「へえ」
 そんなことを言うのは彼が初めてだったので、私は些かの興味を覚えた。
「彼は何を考えていたと?」
「……主は、全てはご存知ない?」
「まあね、聞く前に殺してしまった」
「……」
「?」
「でしたら、最期を迎える時にお話しします。ああ、俺が逃げたり死を強請ったりした時、という意味ではなく」
 長谷部は何処か愉快がっているような表情だった。私はもう感情や思考の奔流には付いていけない。長谷部が少しだけ、羨ましい。
「それなら今教えてくれても良いものを」
「俺の考えもまだ完璧ではありませんから。俺と主、二人の最期の時であれば、お伝えできる自信があります」
「何処からそんな自信が?」
 手を握っては開き、長谷部は面映そうに言った。
「俺はもう知り始めているからです」

 こんな思いをするなら、それも知りたくなどなかったなと思った。
 長谷部は約束を守った。一つ目も、二つ目も。
 何年目だったか忘れたが、私は彼の脚を治してやった。傷を負わせることはそれでも日課となっていたが、長谷部はずっと此処に居た。脚など奪わずとも。
 ……。
 知りたくなかった。
 知りたくなかった。

 ***

 主、と叫んだその声は音になる前にしゅるしゅると吸い込まれて消えた。
 気付くと全員が死んでいる。主が持つ俺でない刀からはぽたぽたと血が滴っているが、主は傷一つ負っていないようだった。
 次の部屋へ走りつつ、俺は改めて感嘆の声を上げる。
「やはりすごいですね。分かってはいても、少しひやひやしますが」
「やられる可能性など無いのだから、そう慌てる必要もない」
 主は重そうな扉を勢いよく蹴り開け、掃射の音が聞こえたような気がした一瞬の後、やはり全員が床に斃れていた。
 ひゅ、と刀身が空気を切り、振り飛ばされた血が厚そうな絨毯に染みを作る。
「これは目的ではなかったが」
 主の唇が弧を描く。
「一人残らず殺すというのも愉しいものだ」

「――という、夢を見ました」
「うーん……」
 審神者は唸った。長谷部が話した一連の出来事は、寝起きの頭でなくとも理解し難い。
「つまり……何? 時間を? 巻き戻して?」
「望む結果が得られるまで何度でもやり直すという訳です。例えば敵に切りつけられ、或いは銃で撃たれた時、主はそれを排除しようと動かれます。あの時であれば俺ではない刀を持ち、敵を殺す為に駆け、万一その最中で傷を負ってしまった場合は即座にそれをやり直す。巻き戻る前と後とを知っているのは主だけで、先に経験したことを元に別の選択肢を選ばれる。それを何度も何度も繰り返し、目的を果たすまで漸進し、最終的には自分が望む結果以外の可能性を排除したようにも見えて――」
「言ってる意味は分かるけどね……まるきり作り話じゃないか、漫画か小説かってところだ」
「まあ、夢の話ですから」
「大体ね」
 座り直し、審神者はまだ続けた。
「時間を巻き戻すと言ったって、どうやるんだい。君達と違って此方はこの時空の人間であって、何らかの手段なしには時間を遡るなんてことは不可能で、そしてまだそんな方法は発明されていない訳だ。おそらく今後もね……そもそもの公理体系を全て書き換えてしまうことができれば別だが。まず其処を疑問に思うべきだろう、君も。夢の内容にはしゃいでいるんじゃないよ」
 言葉こそ少々厳しいが、審神者は半笑いで言っていた。長谷部も調子を合わせたまま返す。
「でも実現すれば素晴らしいとは思いませんか?」
「君はそう思うのかい」
「何でも思うままですよ。失敗した事象は全て切り捨てられて、成功だけが残るのですから。俺は別に叶えたいことなどはありませんが、主は如何ですか?」
「んん……別にないな」
「ないんですか?」
「ない」
 短く答えて、審神者は欠伸をした。人間なのにそんな筈があるだろうかと、長谷部は少しムキになる。
「でも……あ、初恋とか、叶わぬ想いが叶うんですよ。人間はしょっちゅう恋愛事で煩悶していますからね」
「まあ、そうだな」
「如何です?」
「要らん」
「……」
 長谷部は根負けしたというように大きく息を吐き、そうですねと間延びした声で言った。
「知らない間に感情を操られているなんて、」

 主、と叫んだその声は音になる前にしゅるしゅると吸い込まれて消えた。

 ***

 月はそろそろ、中天から本丸を照らしている頃だった。全てが死んだ夜の中、金色に輝く月の光はいっそ五月蝿いほどだった。
 つまりこの時間は、審神者の欲求が最大限に喚起される時であり、また同時に、光に照らされ影という覆いの取れた理性が顔を覗かせる時でもあった。
 今も審神者は窓のない壁を見上げ、その向こう側にある筈の月をぼんやりと眺めているように見えた。足元に浸る長谷部の血も、手にしていた食べかけの臓器も意中にはなく、ただ時折苦鳴にも似た小さな溜息を漏らすだけだった。
「主」
 気持ちばかりが急くのを抑え、長谷部は自らの主を呼んだ。
「ん?」と答える審神者は相変わらず笑顔のままだった。月光でも暴けない仮面のようなそれを剥ぐことは、長谷部には恐ろしかった。それゆえ言葉は当たり障りのないものから発せられた。
「何か、憂い事がありましたか」
「どうして?」
 長谷部はこの「どうして?」に、或いは「何故?」に弱かった。たとえ自分に後ろめたい事情がなくとも、そもそもの問いを発した自分に何か疚しいところがあるのではないかという気にさせられる。必ずしも、審神者にそんな意図はないのだと分かっていても。
「そう、見えたものですから……」
 何故萎縮してしまうのだろうと考えながら遠慮がちに答えた口の端から血が零れた。内臓を損傷していた所為だった。薄暗い室内で黒っぽく見える血液をじっと見て、一瞬だけ目を瞑り、それから審神者は穏やかに言う。
「何もないよ。長谷部君は?」
「俺ですか」
 掠れた声は血の所為だということにしておいた。青褪めている頬も。
「-俺は」
 審神者は笑顔のままでいるのに、値踏みするような目線を向けていた。
「俺、は……」
 月が圧倒的な光で浄めている静寂の、その鋭さが耳に痛い。だが、この時間こそが、長谷部がずっと待っていた時間でもあるのだ。震える喉に無理矢理空気を通し、視線は俯きかけたままで言った。
「……主の、俺への……振舞い、というのですか」
 審神者は何も言わない。
「俺を、どう思われて……」
 言葉は次第に弱くなり、全てを言い終わる前に消えた。尤も、審神者にとってそこまでの言葉は必要なかった。察せないような言葉を吐くように育てた覚えはないからだ。
 壁際から身を動かし、横たわっていた長谷部の元へと近寄っていく。反射的に身を引いたことも昏い目で飲み込んで、片膝を突いて床に置いてあったへし切を取り上げた。
「君はまた考え事をしていたのか」
 有無を言わせず刃が降ってこないだけ、長谷部にとってはマシな状況だった。少しでも目論見が外れていれば――理性が僅かでも欠けている時であれば、長谷部の言葉を聞いた審神者はただ彼の身を切り刻むだけであっただろうし、それは――苦痛が大きいからというだけではなく――長谷部にとって避けたい未来でしかなかった。
 皆焼を検分するようにへし切を傾けながら、審神者はぽつぽつと言葉を零す。
「何度尋ねても答えは変わらない。君がそれに値しないのではないかと悩む必要もない。終世それは変わらない。――そうではないと」
 長谷部は頷き、胸につかえた何かを押し出すようにしてまた言葉を絞り出した。
「俺が何を言おうと、何をしようと変わらないと仰るのであれば、それは……」
「それは?」
「……」
 分かっていても、自分にとって絶対的な存在である主を否定するような言葉は怖かった。長谷部の喉から舌まで、真っ黒に濡れて重たくなっているような幻覚があった。
「……主が、俺を何とも思っていない、のと、同じことでは……」
「ふむ」
 審神者はやはりその場を動かないまま、長谷部の言葉を検討しているような素振りを見せていた。――自分が長谷部に対し、無条件での愛情を注いでいたことは確かだった。無条件、というと少し語弊がある。長谷部が長谷部で在る限りは、というべきだった。そしてその愛とやらは、紛れもなく無尽蔵のものであった。
 -それで、真逆にある無関心という結論に達したのはなかなか面白いことだった。
 審神者はへし切を逆手に持ち替え、俯せていた長谷部の腿を刺した。左脚は畳に縫い止められ、スラックスには濃い色の染みがじわじわと広がっていく。長谷部は苦悶し、自由になる三本の手脚を僅かに痙攣させた。
「そうか」
 硬く強張っている肉に絡め取られたへし切を何とか引き抜いて、審神者は長谷部の左上腕を貫いた。真っ白な――既に血や他の体液が付いてはいたが――シャツに広がる赤は薄暗い部屋の中でもよく見えた。長谷部は声を殺して必死に耐えている。何ともいじらしい、と審神者は唇を湿らせた。
 右脚と右の上腕にもへし切を突き刺してやると、長谷部はただ息を切らせるだけになった。腱を切った訳でもないのだから刀剣男士であれば普通に動ける筈だったが、長谷部は蹲るようにして震えている。自分を恐れているのかもしれない、と審神者はぼんやり考えた。その可能性は無いことを分かっていながら、自分を怒らせてしまったと考え、その報いを受けているつもりになっているのかもしれない。
 月に中てられたのか、審神者は長谷部のことが気の毒に感じられていた。何も分かっていないまま、何一つ理解することを許されないまま、審神者の下で血塗れになって食い尽くされることを暗黙のうちに強いられている。自分に向けられる感情を、自分の扱いを不安に思うことだって仕方がない。一つぐらい明かしてやっても良いのではないかと、良心のようなものが自分に囁いた。
「それも道理だ」
 喘ぎながら審神者を見上げる長谷部の目は、死の淵で差し伸べられた手に縋る者のそれだった。その手が誰のものかも何故そこにあるのかも分からないが、とにかく手はそこにあった。
「長谷部君の気持ちは理解できるが、私にはどうしようもない。不安になるのであれば、できる限りの対応策を取る。それも根本的な解決には至らない」
 長谷部の目に絶望が兆さないうちに、審神者は「ただ」、と付け加えて言った。
「私もそういった考えを抱かない訳ではない。何度言おうと君は決して私を捨てようとしない。それは同じことではないのかな」
 くすぐったいのはいつの間にか髪を撫でられているからだった。長谷部は目を伏せた。酷く優しい手つきなのはおそらく、審神者なりの謝罪と贖罪の表れだった。
 手脚から力なく血を流しながら、逃げやしないのに、と長谷部は思っていた。月が昇っても沈んでも、自分は主の傍にいる。それが審神者にとってどういう意味をもつのかを疑うことは、審神者の言葉を聞いても尚、長谷部には思いもよらないことだった。
 夜が更け、月は少しだけ位置を変える。審神者は「手入れしようか」と立ち上がり、刀身を軽く拭った。慌てて立ち上がり、後を追う長谷部のことは見なかった。

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